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田中美知太郎氏の歴史観

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田中美知太郎氏の歴史観

「歴史にはいつも『もし・・・・だったら』という、実際とは逆の可能性が含まれている。それは非現実的な空想であるから、『もしクレオパトラの鼻がもう少し低かったら』というような想定として、笑い話にされてしまう。しかしながら、クレオパトラの鼻は自由選択されたものではなくて、偶然にもそう生まれついたというようなものにすぎないけれども、歴史の実際には不断に政治的な選択決定が含まれていて、そこでは他の可能性が現実に考慮され、討議され、しかも結論的には拒否されるということが行われているのである。
したがって、歴史の理解には、実際におこなわれたことのほかに、実際にそこで拒否されたほかの可能性考え合わせるようにしなければ、それは一面的で不十分なものとなるだろう。
 この半世紀間の日本の歴史について、戦後いろいろなものが書かれているけれども、肝心の歴史の理解という点でまったく不十分なものが少なくないように思われる。一部の歴史家ーといっていいかどうか疑われるのだが、そういう人たちは、昭和史なら昭和史を書くのに、一方の極に日本共産党とか、来るべき社会主義政権とかいうものをおいて、その対極に日本資本主義とか、日本帝国主義とか、あるいは天皇制とかいうものをおき、歴史の進行をこの両極の対立抗争というふうにつくりあげ、これが民主主義の徹底(すなわち社会主義体制の)方向へ進んでいかなければならないように書いている。しかしこれまでに社会主義体制が現実の選択肢になったことは一度もないのである。来るべき社会主義政権というようなものは、現実の歴史には存在しない単なる希望のようなものであるから、いわば歴史の虚点なのであって、このような虚点から歴史を構成しても、そこから得られるのはフィクションにすぎないだろう。歴史を構成するのは、実際におこなわれたことと、そこで選択されなかったけれども、他の可能性として現実に考慮され、語られたことだけである」(田中美知太郎著『哲学入門』より)

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